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名古屋地方裁判所 昭和38年(ワ)542号 判決

理由

原告と被告沢木隆治との間に、原告主張のような消費貸借契約がされた(但し受領金額は相違する)こと、本件土地、建物について、原告主張のような売買予約を原因とする所有権移転請求権保全の仮登記がされていることは、当事者間に争いがない。

そこで、まず売買予約の成立について、判断するに、甲第一号証から六号証、同第九、一〇号証(以上いずれも真正にできたこと、争いなし)と証人土屋隆造の証言と原告本人の尋問の結果ならびに弁論の全趣旨によると、予約完結当時の本件貸金元利金額によつて売買をする旨の予約がされたこと、を認めることができ、被告沢木隆治の尋問の結果によつても右認定を覆えすことはできず、ほかに右認定を動かす証拠はない。

そして、本件貸付金が各弁済期に支払われなかつたことは、被告の明らかに争わないところであるから自白したとみなされる。したがつて原告は売買予約完結の意思表示をなしうるものといわねばならない。そして原告は昭和三六年五月下旬頃完結の意思表示をした旨主張するが、全証拠によつても右事実を認めるに足りない。したがつて、完結の意思表示は、本訴状送達の日であること記録上明らかな昭和三八年四月四日に被告らに到達したと認められる。

そこで、次に公序良俗違反の点について判断する。

まず甲第一〇号証(真正にできたこと争いなし)と被告沢木隆治の尋問の結果によると、本件土地の予約完結当時の債権額は、被告沢木隆治が消費貸借契約のさい現実に受領した金二三七、五〇〇円(契約金額二五〇、〇〇〇円から一カ月五分の利息金一二、五〇〇円を天引したもの)に貸付日たる昭和二九年一二月二九日から弁済期である昭和三〇年一二月二八日までの利息制限法によつて認められる年一割八分の割合の約定利息(これを超過する利息約定部分は無効)と、昭和三〇年一二月二九日から昭和三八年四月四日までの利息制限法によつて認められた年三割六分の割合の遅延損害金の合算額となるところ、その合計額は金八五八、八〇七円となることは計算上明らかであるところ、鑑定人安藤兼次の鑑定の結果によると本件土地の昭和三八年五月一日当時の時価は賃借権のない場合坪当り金一三〇、〇〇〇円、本件土地全部の価額は八、九三七、五〇〇円であることが認められる。そして甲第一号証、同第四号証(以上いずれも真正にできたこと争いなし)と被告沢木隆治、原告山田義弘の各尋問の結果によると、本件土地には原告の被告らに対する本件売買予約の仮登記のほか、本件貸金二五〇、〇〇〇円についの抵当権が設定されているだけであり、また本件土地に賃借権が設定してある事実は認められないから、本件土地の時価は結局前記鑑定価額によることになる。もつとも原告が完結の意思表示をした昭和三八年四月四日当時の時価を、右鑑定価額とすることは、鑑定時期が異るから、多少正確性を欠くことは否定できないが、一カ月未満の間に、特に時価に変動があつたと認める資料もないから、右鑑定価額を予約完結当時の時価と認めるのを相当とする。

以上の認定によると、原告は本件土地に対する売買予約完結の意思表示により、時価金八、九三七、五〇〇円相当の土地を、債権額八五八、八〇七円を売買代金として買受ける結果となる。そこで、右のように時価一〇倍あまりの土地を取得することが、被告主張のように公序良俗違反として無効となるかどうかについて判断する。ところで、本件土地に対する売買予約当時の本件土地の時価は必らずしも明確ではないが、証人土屋隆造の証言によれば、債権額と土地の時価との差は僅少であつたことが認められる。右のような情況からすると、前記完結権行使当時の価額差は結局予約以後地価が高騰した結果によるものであると認められるから、被告の主張は、右のような地価高騰後の完結権の行使は権利の濫用となる趣旨に解するのが適当である(完結の意思表示は形成権であるから、この基礎となる売買予約を公序良俗違反とするならともかく、これを基礎とする形成権の行使のみを暴利行為と認めることはできない)ところ、右認定のように本件土地の時価が債権額にくらべ、一〇倍あまり高騰している事実があつても、他面被告沢木隆治は昭和二九年一二月、本件土地の当時の時価と大差のない金二三七、五〇〇円を原告から借りうけ、これにより相当の利益を収めえたわけでありしかも本件貸金の弁済期は一年であり、これを経過して現在までその弁済が遅延したのは、全く被告らの履行遅滞によるものであるから、この遅滞期間に地価が高騰したということだけで、原告の完結権の行使を直ちに権利濫用とすることはできず(昭和三一・五・二五、最高裁小法廷判決参照)ほかに公序良俗違反ないし権利濫用の事実を認めるに足る証拠もない。被告らの抗弁は理由がない。

したがつて、原告は前記売買予約の完結権の行使によつて、本件土地、建物を買受けたものというべく、その売買代金となる債権額は、本件土地については前記認定のとおり、金八五八、八〇七円であり、建物については、甲第九号証(真正にできたこと争いなし)と被告沢木隆治の尋問の結果によつて認められる債権元本受領額一四二、五〇〇円とこれに対する貸付日たる昭和二九年一二月二三日から弁済期である昭和三〇年六月二二日までの利息制限法によつて認められる年一割八分の割合の約定利息(これを超過する利息約定部分は無効)と、同月二三日から予約完結日たる昭和三八年四月四日までの利息制限法によつて認められた年三割六分の割合の遅延損害の合計額五五〇、二二五円である。

してみると被告らは原告に対し、請求の趣旨記載の仮登記に基づいて本件土地、建物に対する所有権移転の本登記手続をする義務があるものというべく、原告の本訴請求は理由があるから、いずれもこれを認容。

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